レシプロ式エンジンが世に出たのは、19 世紀後半のことです。それから今日までの 130 年あまり、ピストンの上下運動は「動力を作る」ための主役でありつづけました。自動車のエンジン、家庭の冷蔵庫のコンプレッサー、医療現場の酸素濃縮器、空調機の圧縮機。── 動力を扱うあらゆる現場に、ピストンが組み込まれています。
そしてそのすべてに、共通する「仕方ないもの」がありました。振動と、騒音と、機械的損失。
「仕方ない」は、なぜ仕方なくなったのか
ピストンが往復運動から回転運動へと変換される時、必ずクランクとコネクティングロッドが介在します。この機構自体は、教科書通りに動きます。問題は、ピストンが上死点と下死点で「速度ゼロから加速し、また速度ゼロまで減速する」を毎周期繰り返している、ということです。
慣性力は、加速と減速のたびに発生します。これがすべて、振動・騒音・熱(= 機械損失)として外に出ていきます。バランスウェイトを付けて打ち消したり、フライホイールで回転の不均一を緩和したり、防振ゴムで筐体への伝達を減らしたり── これまで世界中の技術者がやってきたことは、すべて「外に出てしまった損失を、なんとか抑え込む」アプローチでした。
「そもそも出さない」と言ったエンジニアがいた
20 年ほど前、私はある問いに取り憑かれました。
ピストンの往復運動と、回転運動の相互変換── そもそも、機械損失なしで実現できないだろうか?
最初に頼ったのは、内サイクロイド曲線です。固定円の中を、半径が半分の動円が転がるとき、動円の周上の任意の点が描く軌跡は── 直線になります。200 年以上前から知られている、幾何学的事実です。
つまり、内サイクロイドの動円の中心の動きは「回転運動そのもの」、その円周上の点の動きは「往復直線運動そのもの。── 両者を物理的に同時実現するクランク機構を作れば、変換の損失なしで「往復⇄回転」が成立するはずでした。
模型は 3 度作り直した
最初の模型は、回ることは回りましたが、想定の 3 倍の摩擦が発生しました。2 度目は、各可動部の重心位置の調整が甘く、高速回転すると激しい振動が出ました。バランス調整を、個別ピストン → 第 2 クランク軸 → 全可動部品の 3 段階に分けて再設計しました。
3 度目で、ようやく「等速回転性」が成立しました。すべての可動部が、各回転軸心に対して等速で回り続ける── 振動も、機械損失も、ほぼゼロ。ここまで来て、ようやく特許を出願しました。
エアエンジンで、本当に車が走った
その後、早稲田大学との共同研究で、本機構を圧縮空気駆動のエアエンジン として実機化しました。圧縮空気しか入っていないシリンダーで、ゴーカートが実際に走る── 何台か試作機を経て、実際にたどり着いた光景です。
このフェーズで、追加特許を取得し、米国・ドイツ・イギリスへの国際出願も並行して進めました。
ただ、私の中での真の達成感は、特許の番号でも受賞でもありませんでした。「100 年以上『仕方ない』とされてきたものが、本当は仕方なくなかった」── このことが、走るゴーカートで証明された、という事実そのものが、20 年の研究を支えた何かです。
この技術を、何に使うか
完全回転バランス型シリンダー装置は、今、応用領域の検証フェーズに入っています。
すぐに思いつく応用先は、医療機器です。酸素濃縮器── 病室で深夜も動き続ける装置の騒音を、振動源そのものを消すことで根本的に下げられます。歯科用コンプレッサー── 患者の正面で稼働する装置の振動を、設置面の加速度で 1/4 以下に抑えられます。
その先には、空調・冷凍機の圧縮機、各種ポンプ、内燃機関、ターボポンプ。── ピストン式が使われている領域、すべてが応用候補です。
結び ── 「仕方ない」は、疑える
技術の進歩は、累積的なものだけではありません。ある時点で「これが標準だ」とされた解は、別の物理的アプローチを取れば、もっと良い方法があるかもしれません。問題は、その別解を試すには、5 年、10 年、20 年単位の研究が必要だ、ということです。
私たち株式会社エアーサーフは、その「短くない研究期間」を確保するために創られた会社です。マーケティング予算を持たず、提案書を派手にせず── 代わりに、その分の経営資源を試作機と測定機材と研究時間に投じています。
100 年放置されてきた「仕方ない」は、まだあちこちに残っています。次にどこを疑うべきか── 現場をお持ちの方の声を、心待ちにしています。
著者プロフィール
株式会社エアーサーフ 研究・開発最高責任者。動力技術の研究開発に長年従事。

