ある医療機器メーカーの開発部長から、電話が入りました。
うちの酸素濃縮器、騒音を 38 dB(A) まで落とせませんか? 50 dB(A) を切るのが現状の限界で、社内では『これ以上は無理』とされているんですが。
電話の向こうの声は、すでに 10 年以上この問題と戦い続けてきた人の声でした。
50 dB(A) と 38 dB(A) の差は、12 dB。倍率にすると、聴感では「音圧が約 4 倍」違います。深夜の病室で、患者の枕元から 1 メートル離れたところに置く装置が、深夜の暗騒音と区別できないレベルまで静かになる── それが目標でした。
「お話をうかがいに参ります」と私は答えました。そのときの私には、どこから手を付ければよいか、まだ全く具体策はありませんでした。
振動源を消すという発想
医療機器メーカーの試験室に通った最初の 1 ヶ月は、ひたすら振動と騒音の測定でした。ピストン式のコンプレッサーが圧縮するたびに、装置内部で何が起きているか── ピストンの加速・減速で生まれる態性力、その態性力が伝わるクランク機構、機構を支えるベース、ベースに乗っているキャビネット、キャビネット表面が周囲の空気を振動させて出る放射音。すべてのリンクで、音圧が増幅されていくことがデータから見えました。
これまでこのメーカーがやってきたことは、「振動の伝達経路を断つ」アプローチでした。防振ゴム、吸音材、二重キャビネット、能動騒音制御。しかし、私はその時点で確信しました。
「振動源を物理的に消さない限り、12 dB 下げるのは不可能だ」と。ピストンの往復運動が、構造的に振動を発生させ続けている限り、伝達経路をいくら絞っても、ある一点で頭打ちになります。これが 50 dB の壁の正体でした。
「他社には作れない装置を、作りに来ました」
最初の打合せで、開発部長にこう申し上げました。
「弊社の 完全回転バランス型シリンダー装置 で、ピストンの往復運動を物理的に等速回転に変換します。態性力そのものをほぼゼロにする方式です。20 年かけて開発した独自機構で、特許も国内外で取得しています」
「ただし、御社の製品要件にカスタムする必要があります。コンプレッサーが扱うガス(酸素)、流量(毎分 5L)、寿命(24 時間 365 日連続で 10 年)、サイズ制約(既存キャビネットに収まる)。すべて満たしながら、騒音 38 dB(A) を狙います」
「やる、ということですね?」「はい、やります」
「やります」と即答した自分に、その日の夜、少し驚きました。それでも、降りませんでした。降りなかったのは、技術的勝算があったからではなく、この装置が静音化できれば、世界中の病室の患者の眠りの質が変わる、というスケールが、しばらく頭から離れなかったからです。
14 ヶ月で起きたこと
カスタム設計に 4 ヶ月、評価試験に 8 ヶ月。途中で 2 度、設計を巻き戻しました。1 度目は試作機の特定回転数でベース部の固有振動と共振点が出て、原因究明に 3 週間、対処に 2 週間。2 度目は長時間連続稼働での部品摩耗データが、寿命要件を満たしそうにないと判明したとき。第 2 クランク軸の素材をステンレスに変更し、4 週間。
工程は遅れました。コストは膨らみました。途中、撤退の判断もあり得たフェーズです。
しかし、メーカー側の開発部長が、本当に粘り強い方でした。「データを見せてください」「測定条件を変えて再現してください」「ここは社内で持ち帰ります」── 一緒にデータを読み続けてくれました。お互い、技術屋同士でした。
試験室で測れた数値
最終的に、目標は超えました。
- 騒音(1m 距離): 52 dB(A) → 38 dB(A)(-14 dB)
- 振動加速度(設置面): 0.18 m/s² → 0.04 m/s²(-78%)
- エネルギー消費: -38%
- 連続稼働温度上昇: +35°C → +8°C
結び ── 「無理」は、誰の判断だったのか
このプロジェクトで何度も思い出した言葉があります。
うちの社内では、この目標値は無理とされていた
10 年前、メーカーの社内で無理 という判断が下されたとき、その判断は間違っていなかったのかもしれません。ただ、判断はその後も生き続けます。「無理だ」という記憶は、次の世代の技術者に引き継がれ、誰も挑戦しないテーマになっていきます。
技術の世界には、この種の「過去の判断が、現在の選択肢を狭めている」ケースがいくつもあります。私たちエアーサーフは、その「過去の無理」をもう一度物理から問い直す会社でありたい、と思っています。
「無理」と言われた問題で、お困りの方がいらっしゃれば、ぜひ一度お話を聞かせてください。10 年前と物理は変わっていないけれど、選択肢は変わっています。
著者プロフィール
株式会社エアーサーフ 研究・開発最高責任者。動力技術の研究開発に長年従事。

